街を歩いていて「ここは古い建物が多いな」「ここは新しく開発された地区だな」って感じたことないですか?実は日本の街は、昔からある市街地と新しい市街地に分けられていて、それぞれ違うルールで管理されているんです。その中でも「既成市街地」って言葉は都市計画を勉強するときに絶対に出てくる重要な概念。この記事を読めば、街の仕組みがぐっと理解しやすくなりますよ。
- 既成市街地とは、昭和15年(1940年)の時点で すでに市街地だった区域 のことです
- 日本の都市計画では 昔からある街 と 新しい地域 を区分けして、それぞれ異なる ルール を適用しています
- 既成市街地では 建設に関する厳しい規制 があり、安全で秩序のある街づくりを進めています
もうちょっと詳しく
既成市街地という考え方は、日本が第二次世界大戦後に、戦災で焼けた街を含めて、全国の都市をどう復興・発展させるかを決めるときに生まれました。昭和20年(1945年)の敗戦直後、日本の街は一面焼け野原。そこから新しく街を作り直す際に、「昔からあった市街地」と「これから新しく開発する地域」を分けて考える必要があったんです。その基準年として1940年が選ばれ、その時点で既に市街地として機能していた区域が「既成市街地」と定義されました。東京や大阪などの大都市には広大な既成市街地がありますし、小さな町にも存在しています。
既成市街地は「古い街」という意味だけじゃなく、法律で正式に指定された特別な区域のことなんだ
⚠️ よくある勘違い
→ 既成市街地には、新しく建て替えられた建物もたくさんあります。大事なのは「1940年時点で既に市街地だったかどうか」という法律的な定義であり、実際の建物が古いか新しいかではありません
→ 1940年の地図を基準に、正式に指定された地域のことです。その中には古い建物も新しい建物も混在しています
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既成市街地って具体的には何のこと?
既成市街地という言葉は、日本の都市計画を語るときに絶対に出てくる重要な用語です。簡単に言うと、1940年(昭和15年)の時点で、すでに市街地として機能していた区域のこと。つまり、その時代に学校や病院、商店などが集まって、人が生活する町として成り立っていた場所ということです。
皆さんが住んでいる街にも、古い部分と新しく開発された部分がありますよね。例えば、駅の周りや商店街は古くからある繁華街で、それより外側に新しい住宅地や商業施設が広がっている、という風景は日本全国どこにでも見られます。既成市街地は、その古い方の部分に相当するんです。ただ、「古い」というのは見た目の話じゃなくて、法律的に「1940年時点で既にそこにあった」という定義なんですよ。
もう一つ大事なのは、既成市街地はその後の発展を制限するわけじゃなく、むしろ秩序を持った発展をするために指定されている、という点です。人口が密集している既成市街地では、防災や交通、衛生の面で特別な配慮が必要。だから、建築するときのルールが新しい地域とは違うんです。
どうやって既成市街地は決められたの?
ここまで「1940年が基準」という話をしてきましたが、なぜその年が選ばれたのか、そしてどうやって既成市街地が確定されたのか、もう少し詳しく説明しましょう。
日本は第二次世界大戦で敗戦を迎え、1945年8月に降伏しました。その直後、アメリカを中心とした連合国の統治下で、日本の再建が始まったんです。特に都市部は戦災で大きな被害を受けており、焼け野原となった場所も多かった。そんな中で、昭和21年(1946年)に日本は「都市計画法」という新しい法律を作って、全国の都市をどう復興・発展させるかの大枠を決めることにしたんです。
その際に、「昔からある市街地」と「これからの新しい発展予定地」を分ける必要がありました。そこで基準年として選ばれたのが1940年(昭和15年)。戦争が激しくなる前で、日本の産業も成長していた時期だったからですね。その時点での地図や資料を基に、「ここは市街地として機能していた」という区域を確認して、それが既成市街地として指定されました。
ただし、既成市街地の指定には地域差がありました。東京や大阪などの大都市は、非常に広い既成市街地を持っていますし、地方の中小都市では、市街地そのものが小さいので既成市街地も限定的です。また、戦後の高度経済成長期に街が急速に拡大した地域では、既成市街地の外側に新しい市街地(近郊整備地帯、つまり郊外の発展地域)が形成されていきました。
既成市街地でのルールって何が違うの?
既成市街地が指定されたのは、単なる歴史の記録目的ではなく、そこに特別な「ルール」が適用されるからです。このルールの違いを理解することが、既成市街地という概念の意味をつかむカギになります。
まず大事なのが、道路の幅員基準です。既成市街地では、新しく建物を建てるとき、その前の道路が一定の幅(例えば6メートル以上)必要とされることがあります。これは防災面での要求なんです。狭い道では火事が起きたときに消防車が入れなくなったり、地震のときに建物が倒れて道をふさいでしまったりするかもしれません。だから、古い町でも新しく建て替えるときには、道路の拡幅に協力することが求められるんですよ。
次に、建物の建築基準も既成市街地では厳格です。耐震基準や防火基準が、既成市街地では新しい地区と異なることがあります。既に人口が密集している地域だからこそ、建物倒壊時の被害も大きくなるので、より高い安全基準が求められるわけです。
さらに、既成市街地での開発には許可制が敷かれることがあります。勝手に大きなビルを建てたり、工場を作ったりすることはできず、都市計画に沿った用途かどうか、周辺環境に支障がないかなどを行政がチェックして承認する仕組みになっているんです。これは、既に人が密集して住んでいる地域だからこそ、無秩序な開発を防ぐためなんですね。
もう一つ、既成市街地では容積率制限(つまり、敷地に対してどのくらいの大きさの建物を建てられるか)が新しい地区よりも低く設定されることが多いです。例えば、敷地面積100㎡に対して、容積率が200%なら延べ床面積200㎡までの建物が建てられるということ。既成市街地では、これを150%にするなど、より低く制限することで、急激な高層化を防ぐんです。
既成市街地と新しく開発された地区はどう違う?
既成市街地を理解するには、その対比として「新しく開発された市街地」がどういう性質を持っているのかを知ることが大事です。
新しく開発された地区、特に戦後の高度経済成長期に整備された地域では、最初から計画的に街づくりがされました。道路は広く設計され、建築基準も最初から守られ、用途地域(住宅地、商業地、工業地など)も明確に分けられました。つまり、「ゼロから正解の形で作られた街」という側面があるんです。
一方、既成市街地はどうでしょう。江戸時代からの商人町であったり、明治時代に駅ができたりして、時代の変化に応じながら、ちょっとずつ発展してきた街がほとんどです。だから、道路は狭かったり、用途が混在していたりするんですよ。古い建物と新しい建物が混在し、商店や住宅が一緒に立ち並んでいる、という風景もよく見られます。
こうした違いがあるので、既成市街地での開発は「新しく計画された地区への開発」とは全く別のアプローチが必要なんです。既成市街地では、古くからの建物や道路、人間関係を尊重しながら、少しずつ改善していく「リノベーション型」の開発が進められることが多いです。古い商店街の活性化、空き店舗の活用、狭い道路の少しずつの拡幅、こうした工夫の中で、既成市街地の新しい価値が生まれていくんですね。
なぜ既成市街地を大事にするのか
ここまでの説明を読むと、「既成市街地はルールが厳しくて、開発が難しいのか」と思うかもしれません。でも実は、日本が既成市街地を特別視する理由は、そこに大きな価値があるからなんです。
まず第一に、既成市街地は人口密度が高く、経済活動が活発です。駅周辺の繁華街を想像してみてください。商店街、オフィスビル、住宅、学校、病院など、あらゆる施設が集中していますよね。新しく開発された地区よりも、既成市街地の方が、より多くの人々が生活し、経済活動をしているんです。だから、既成市街地の安全や利便性を確保することは、非常に多くの人々に直結する重要な課題なんですよ。
第二に、既成市街地には歴史や文化的価値があります。古い建物、昔からの商店、地域のコミュニティ。こうしたものは、新しい地区では簡単には作れません。江戸時代からの建築様式が残っていたり、戦前の遺産が保存されていたり、地域独特の産業や文化が育まれていたり。こうした資産は、時間とともにますます貴重になっていくんです。
第三に、既成市街地の有効活用は環境資源の効率的利用につながります。新しい地区の開発には、広大な土地が必要です。農地を潰したり、森を削ったりしなければなりません。一方、既成市街地を活性化させれば、既存の土地をより有効活用でき、無秩序な都市の拡大を防ぐことができるんですよ。これは、将来の世代のための、とても重要な考え方です。
だから、既成市街地での開発にはルールがあり、時には厳しい制限がかかることもあります。でもそれは、街を破壊することなく、長く愛される街づくりをするためなんです。既成市街地の建物が古く見えて取り壊したくなることもあるでしょう。でも、その古さの中には、何十年も、何百年も育まれてきた価値があるんですよ。
