学校の班活動でみんなで宿題を手伝い合ったり、野球部で先輩が後輩に技術を教えたり、困っている友だちを自然と助けたり。こういう「互いに助け合う」シーンって日常生活の中にたくさんありますよね。実はこの当たり前のような関係には、ちゃんと名前がついているんです。それが「相互扶助」という考え方。この記事を読めば、なぜ人間はこんなふうに助け合うのか、そしてそれが社会をどう動かしているのかがわかるよ。
- 相互扶助は「お互いに支え合う」という意味で、私たちは日常的にやってる関係
- 「誰もが助ける側であり、助けられる側」という成り立ちで、一人では成し遂げられないことを実現する
- 学校や会社、地域社会など、どんな組織でも相互扶助がなければ成り立たない
もうちょっと詳しく
相互扶助という考え方は、昔むかしから人間が自然とやってきたことを、哲学者や思想家が名前をつけて研究したものなんだ。特に19世紀のロシアの思想家クロポトキンという人が「人間って本来的に助け合う生き物だんだ」と言ったことが有名。個人個人がバラバラに戦うんじゃなくて、みんなで支え合うことで、より強く、より賢く、より幸せになれるということだよ。現代でも、SNSで災害情報をシェアしたり、町内会で防災訓練をしたり、会社でチームワークで仕事をしたり、相互扶助は至るところに存在してるんだ。
相互扶助は「誰かのための親切」じゃなくて「自分たちのための助け合い」だから、長く続くんだ。
⚠️ よくある勘違い
→ これは勘違い。一方的なのは「援助」や「慈善」。相互扶助は役割が入れ替わる。今は私が助けて、明日は私が助けられる。そういう対等な関係なんだよ。
→ 正解。誰もが「助ける人」であり「助けられる人」という立場は固定していない。だからこそ長く、安定して続くんだ。
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相互扶助って実は身の回りにいっぱいある
学校生活を思い浮かべてみたら、相互扶助なんて当たり前にあるよね。授業で新しいことを習うときだって、わかっている子がわかっていない子に教える。体育で鉄棒が得意な子が、苦手な子をサポートする。文化祭の準備だって、得意な人が舞台装置を作ったり、不得意な人が進行表を作ったり、違う役割を果たしながらみんなで一つのことを成し遂げる。これらすべてが相互扶助なんだ。
野球部やサッカー部みたいな部活動だって、そうだよね。レギュラーの選手が試合で活躍するのも、ベンチ選手の支えがあるからこそ。補欠の子たちは毎日練習でレギュラーを相手にして厳しい練習をする。その結果、全員のレベルが上がる。こういう「違う立場だけど、みんなで目標に向かっている」という感じが相互扶助そのものなんだよ。
家族の中だってそう。兄弟姉妹がいれば、上の子が下の子の面倒を見たり、下の子が親の手伝いをしたり。親も親戚も、何か困ったことがあれば助ける。長く一緒に生活する中で、自然と「互いに支え合う」という関係ができあがるわけ。だから相互扶助っていうのは、決して難しい思想じゃなくて、人間が社会の中で生きるうえで「必然的に起きる自然な現象」なんだよ。
なんで人間は助け合うんだろう?進化の視点から考えてみる
ここで一つ面白い話をしようか。人間がなぜ相互扶助をするのか、実は進化生物学という学問の分野でも研究されているんだ。つまり、人間の体と心がどうやって進化してきたかを研究する分野だね。
昔々、人間の祖先が狩りをして生活していた時代のことを考えてみて。一人でライオンなんかと戦うのって、絶対に無理だよね。でも、十人で協力すれば、危険だけど可能になる。すると、協力する人たちのグループは食べ物がいっぱいになって、生き残る確率が高くなる。反対に、協力しない人たちのグループは、狩りに失敗して飢えちゃう。こういう感じで「協力する者が生き残る」という進化が起きたんだろう、って考えられるんだ。
つまり、相互扶助は「人間が生き残るために進化させた、いわば遺伝子レベルの習性」かもしれないってわけ。だから、別に教えられなくても、自然と人間は助け合うんだよ。友だちが困ってれば助けたくなるし、自分が困ってれば助けてほしくなる。これは本能に近いものなんだ。でもその本能を、より社会的に、より思慮深く実践しようという考え方が、相互扶助の哲学なんだよ。
社会を動かす力としての相互扶助
さっき学校や家族の話をしたけど、実は相互扶助はもっと大きなスケールでも動いてるんだ。例えば、町内会って知ってるよね。地域の人たちが集まって、防災訓練をしたり、ゴミ拾いをしたり、お祭りを企画したり。これ、全部が相互扶助なんだよ。
自然災害が起きたとき、特にそれが目立つ。地震や大雨で被災した地域では、住民たちが互いに助け合わなきゃ絶対に立ち上がれないんだ。家が壊れた人を、壊れなかった人が助ける。食べ物がない人に、食べ物がある人が分ける。物資を運ぶのに、若い人たちが手伝う。こういう時間が長く続くと、その中で「私たちって、本当にお互いに支え合ってるんだ」ということが、自分たちの肌感覚でわかるようになるんだ。
また、会社だって相互扶助で成り立ってる。営業部隊が売上を作ったとしても、企画部がいなければ売る商品だってない。物流部がいなければ、商品だって届かない。工場がなければ、そもそも作れない。いろんな部門の人たちが、それぞれの役割を果たして、互いに支え合うことで、初めて会社という組織が動くんだよ。これも相互扶助だね。
医療の現場だって、そう。医者だけじゃダメ、看護師も必要、検査技師も必要、患者さんも医者の指示に従う必要があって、みんなで力を合わせて初めて病気が治る。日本の中でも世界の中でも、どんな組織でも、このしくみなしには成り立たないんだ。だから相互扶助って、けっこう大事な考え方なんだよ。
現代社会での相互扶助とこれからの課題
ここで一つ、ちょっと難しい問題を考えてみようか。現代社会では、昔ほど相互扶助がはっきり見えないことが増えてきてるんだ。なぜだと思う?
一つは、社会が複雑になったから。昔の村社会なら、村全体が一つの家族みたいなもので、誰が困ってるかが丸見えだった。だから自動的に相互扶助が起きるんだ。でも現代の大都市に住んでいたら、隣に住んでる人の名前だって知らないことが多いよね。SNSで世界中の誰かとつながってても、自分の近所の人とは話さない。こんなふうに社会が細かく分断されていくと、相互扶助が「目に見えない」ようになってくるんだ。
でも、実は相互扶助は今も変わらず動いてる。インターネットを使った相互扶助だって、ちゃんと存在するんだよ。例えば、YouTubeで困っていることについて動画を上げてくれる人たちがいる。それを見て困ってる人が解決する。これだって相互扶助。SNSで防災情報をシェアして、みんなで災害に備える。これだって相互扶助。
ただし、新しい問題も起きてる。お金や権力が絡むと、相互扶助が成り立ちづらくなるんだ。「私が助けたから、あなたも私を助けるべき」じゃなくて「私が助けたんだから、対価をくれ」となると、それはもう相互扶助じゃなくて、商取引なんだよ。相互扶助に必要なのは、「いつか自分も困るかもしれない」「みんなで支え合おう」という信頼と、ちょっとした謙虚さなんだ。
これからの社会で大事なのは、この相互扶助の心を忘れずに、新しい形の助け合い方を見つけることなんだと思う。昔の「村の相互扶助」ではなく、現代の分散した社会の中でも、どうやって互いに支え合っていくか。それがみんなで考える課題なんだよ。
相互扶助で人間関係が変わる理由
最後に、ちょっと人間関係の話をしようか。相互扶助をすることで、人間関係ってどう変わると思う?
友だちに何か教えてあげると、なんか嬉しくない?相手が「ありがとう」って言ってくれるのも嬉しいし、その子が自分の教えたことで成功したら、自分も嬉しい。逆に、友だちに教えてもらったことで、自分の問題が解決したら感謝の気持ちが沸いてくるよね。こういう「相手のためになることをしたい」「感謝したい」という気持ちが増えると、人間関係ってすごく温かくなるんだ。
さらに、相互扶助が成り立つと、信頼関係が生まれるんだよ。「この人は困ってるときに助けてくれる人だ」と思うと、その人を信頼できる。「自分も同じように誰かを助けたい」と思うようになる。こういう信頼と感謝の輪が広がっていくと、学校のクラスだって、職場だって、街全体だって、すごく過ごしやすいところになるんだ。
だから、相互扶助って、実は自分のためにもなってるんだよ。友だちを助けることで、自分も助かる。相手を信頼することで、自分も信頼される。こういう「相互」の関係だからこそ、ずっと続くんだし、みんなが幸せになれるんだ。だからこそ、人間の社会では何千年も前から、相互扶助が大事にされてきたんだよ。
