お父さんやお母さんが病気になってしまった時、病院の先生から「終末期医療について話し合いましょう」なんて言葉を聞いたことはありませんか?すごく難しそうな言葉だけど、実は「最後の時間を、その人らしく過ごすために何をするか」という、誰もが知っておいた方がいい大切な話なんだよ。この記事を読めば、終末期医療がどんなことで、なぜ大事なのか、がわかるようになります。
- 終末期医療とは、病気が治らなくなった時に、その人が 苦しくなく自分らしく 過ごすための医療のこと
- 緩和ケア や本人の希望を事前に聞く アドバンス・ケア・プランニング が中心になる
- 事前に家族や医者と 話し合うことで 、いざという時にみんなが同じ方向を向いて選択できる
もうちょっと詳しく
終末期医療っていうのは、聞いた時に「死を待つ医療」なんて怖く思う人もいるかもしれないけど、実は違うんです。むしろ、その人の人生の最後の部分を「できるだけ質の高い、その人らしい時間」にするための医療なんだよ。病気と戦うのではなく、その人が今、何を大事にしたいのか、どんなふうに過ごしたいのかを尊重して、そのサポートをする医療。だから、痛みを取ったり、息苦しさを和らげたり、家族と一緒にいられるようにしたり、やりたかったことをやるお手伝いをしたりするんです。
終末期医療は「死」ではなく「その人らしい最後」を大事にする医療
⚠️ よくある勘違い
→ 実は、終末期医療では医者がサボるわけじゃなく、医療の中身が「治す」から「支える」に変わるだけなんです。痛み止めの薬も工夫して使うし、栄養の管理も考えるし、心のケアも大事にします。
→ 治せない状態でも、その人が「何を大事にしたいか」を最優先にして、医療の内容を決めていきます。だから人によって、その医療は全然違うんです。
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そもそも「終末期」って何?
まず大事なのが、「終末期」という言葉の意味をしっかり理解することなんです。終末期っていうのは、つまり「これ以上の治療では、その人の病気を治すことが医学的に見ても難しい」という状態のことをいいます。ただし、ここが大事なポイントなんだけど、「今すぐに死ぬ」という意味ではないんですよ。
例えば、あなたが学校で「テストの点数が悪い」と落ち込んでいたとしますよね。先生が「もう挽回は難しいね」と言ったからって、あなたがすぐに消えてなくなるわけじゃないでしょ?そのあと、あなたは次のテストに向けて勉強できるし、好きなこともできるし、友だちと過ごす時間も大事にできる。それと似てるんです。医学的に「治すのは難しい」という状態になったとしても、その後の時間は、その人にとって大事な時間なんだからね。
終末期がいつ始まるかは、病気の種類や、その人の体の状態によって、全然違います。あるおじいさんは、がんの診断を受けてから数か月で終末期に入るかもしれないし、別のおばあさんは、認知症で少しずつ体が弱くなって、数年かけて終末期に入るかもしれません。つまり、「終末期 = ここから人生が終わるまでの期間」という、その人によって長さも内容も全く違う時間なんですよ。
だから、終末期医療って言葉を聞いた時に「怖い」と思う気持ちはわかるんだけど、実は「その人の残された時間を、できるだけ快適に、その人らしく過ごすにはどうしたらいいか」を考える、すごく大切で、むしろ優しい医療なんだってことを理解してほしいんです。
なぜ今、終末期医療が大事にされるようになったのか
昔の日本では、「医者の仕事 = 病気を治すこと」という考えがほぼすべてでした。だから、もし病気が治らなくなったら…その時はどうするのか、という話は、あまり大事にされてこなかったんです。でも、日本の社会が大きく変わりました。
一つは「高齢化社会」ですね。つまり、年をとった人がどんどん増えているっていう状況です。誰もが年をとるし、最終的には寿命を迎えるわけなんだけど、昔よりずっと長く生きる人が増えたから、「最後の時をどう過ごすか」が重要な問題になったんですよ。
もう一つは「医療技術の進化」です。昔は「治せない病気 = そのまま…」ということが多かったんだけど、今は医療技術がすごく進んで、呼吸を助ける機械とか、栄養をチューブで入れるとか、いろいろなことができるようになった。でもね、そういう技術が使えるからって、全ての患者さんがそれを望んでいるわけじゃないんです。「できるだけ機械に頼らずに、家にいて過ごしたい」という人もいるし、「今の時点では何もしたくない」という人もいる。つまり、「何ができるか」じゃなくて、「その人が何を望んでいるか」が大事になったんですよ。
そして、世界的に見ても、先進国を中心に「患者さん本人の気持ちや希望を尊重する医療」という考え方が広がってきました。もう「医者が決めたことに従う」というだけじゃなくて、患者さんが主人公になって「自分はどうしたいのか」を言う権利があるんだ、という考え方ですね。
日本でもこの流れを受けて、厚生労働省(つまり、日本の医療を管理している政府機関)が「人生の最後を、本人の希望に沿って過ごすことが大事」という方針を打ち出しました。それが「アドバンス・ケア・プランニング」の推進につながってるんです。これは「人生会議」とも呼ばれていて、本人と家族と医者が一緒に「もしもの時、どういう医療を受けたいか」「どんなふうに過ごしたいか」を話し合う制度なんですよ。
具体的に「終末期医療」では何をするの?
では、実際に終末期医療では、どんなことをするのでしょうか。ここが大事なポイントなんだけど、「終末期医療」って言葉一つで決まっているわけじゃなく、その人によって、その人の希望によって、医療の内容は全然違うんですよ。
一つめは「緩和ケア」です。これは、つまり「痛みや苦しみを和らげる医療」のこと。病気そのものを治すんじゃなくて、病気によって生じている「つらい症状」を減らしていく医療ですね。例えば、がんで体が痛い人には痛み止めの薬を工夫して使う。息苦しい人には、呼吸を助ける薬を使う。吐き気がある人には、吐き気を止める薬を使う。こういったことで、その人が「できるだけ快適に」過ごせるようにするんですよ。
二つめは「心のケア」です。病気と戦っている本人だって、それを支える家族だって、心が傷ついているかもしれません。だから、医者やカウンセラーが心の話も一緒に聞いてくれたり、「今、どんな気持ちですか」って聞いてくれたりするんです。これって、すごく大事なんだよ。
三つめは「患者さん本人の希望を最優先にすること」です。例えば、ある人は「できるだけ長く生きていたいから、栄養チューブを入れてほしい」と言うかもしれない。別の人は「機械に頼らず、自然な形で過ごしたい」と言うかもしれない。また別の人は「今はまだ何も決めたくない」と言うかもしれない。医者や看護師は、その人の気持ちを尊重して、その人が「安心」と「満足」を感じられるように、サポートするんですよ。
四つめは「家族との時間を大事にすること」です。多くの場合、患者さんは「最後の時間を、大事な人に囲まれていたい」と思うんです。だから、病院によっては、家族が泊まれるようにしたり、患者さんの好きな食べ物を持ち込めるようにしたり、好きなことを思いきりさせてあげたりするんですよ。「最後だから何もしちゃいけない」じゃなくて、「最後だからこそ、その人らしく過ごそう」という考え方ですね。
「アドバンス・ケア・プランニング」って、何のためにあるの?
アドバンス・ケア・プランニング。長い名前で難しく聞こえるかもしれないけど、つまり「人生会議」って日本語でも呼ばれています。何のためにあるかというと、「もしもの時に困らないようにするため」です。
想像してみてください。もし、あなたのおじいさんが突然、話せなくなるような病気になったとしましょう。お医者さんが家族に言うんです。「呼吸を助ける機械を付けますか?」って。その時、おじいさんは「いやだ」と言いたいのに、もう話すことができなかったら…?家族は「おじいさんは、どうしたかったんだろう」って悩んで、判断に迷ってしまうんですよ。
そういう状況を避けるために「人生会議」があるんです。元気な時から、本人と家族と医者が一緒に「もしも話せなくなったら」「もし動けなくなったら」という場面を想像して、その時に「どういう医療を受けたいのか」「何を大事にしたいのか」を話し合うんですよ。そして、その内容を書類に残しておく。そうすると、いざという時に「おじいさんはこう言ってた」という根拠が、家族にもあるし、医者にもあるし、みんなが同じ気持ちで対応できるんです。
例えば、こんな感じです。「もし大きな脳卒中(つまり、脳の血管が詰まったり破れたりする病気)で話せなくなったら、呼吸の機械はつけないでほしい。だけど、痛いのはいやだから、痛み止めはちゃんとしてほしい。そして、家族に見守られながら過ごしたい」という希望を、事前に書いておくんですよ。そうすると、いざという時に、医者も家族も「本人の希望はこれだったんだ」と、迷わずに対応できるんです。
大事なポイントは「これは誰のためか」ということなんです。アドバンス・ケア・プランニングは、医者や病院のためじゃなくて、本人と家族のためにあるんですよ。「最後の時間を、その人らしく、後悔なく過ごす」ということを実現するためにね。だから、別に「決定」じゃなくて「考える」プロセスが大事なんです。今日、本人が言ったことが、数か月後も同じかもしれないし、変わるかもしれない。その時々で、また話し合えばいいんです。
日本社会で、終末期医療がどう変わってきたのか
昔の日本は「医者の言うことが絶対」という医療文化でした。患者さんは「先生がいいって言うから」という感じで、あまり自分の気持ちを言わない人も多かったんです。それに、終末期という話題自体が「タブー」というか、話にくい話題だったんですよ。「死」について話すことが、なんか悪いことみたいに感じられていたんです。
でも、社会が変わってきました。今の日本では「患者さんが主人公」という考え方が広がってきたんです。医者は「患者さんがどうしたいのか」をまず聞いて、その希望に沿った医療を提案する。そういう「対話」が大事だという認識が増えてきたんですよ。
また、2019年には、厚生労働省が「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」という、ものすごく長い名前のガイドラインを発表しました。つまり「医者とか病院はこういうやり方で、患者さんと話し合ってね」という標準的なやり方を示したんです。これにより、全国の病院や診療所で「人生会議」という話し合いが増えるようになったんですよ。
ただし、まだまだ課題も多いんです。例えば、農村部では「人生会議」という制度そのものを知らない人も多いし、話しにくい雰囲気がまだ残っているところもあります。また、「終末期医療」という言葉自体が、まだ「死」というネガティブなイメージと結びついている人も多いんですよ。だから、これからの社会では「これは『死を迎えるための医療』じゃなくて『自分らしく生きるための医療』なんだ」という認識が、もっともっと広がっていく必要があるんです。
そして、大事なポイントがもう一つあるんです。それは「終末期医療について考えることは、別に老人だけのテーマじゃない」ということなんですよ。若い人だって、事故で倒れる可能性がある。病気になる可能性がある。だから「もしもの時、自分はどうしたいのか」を考えることは、全ての年代に大事なんです。むしろ、若い時から「人生で何を大事にしたいのか」を考える機会になるんですよ。
